「ラジオシティの父」ってご存知ですか?
「ラジオシティの父」ってご存知ですか?
ラジオシティや陰線、陰面消去の「父」は日本人だと知っていましたか?
今回は、
2月15日15時、東京大学小柴ホールにて、CG研究の世界的権威である西田友是教授の退職記念最終講義が行われました。
西田教授はCGのノーベル賞と言われるCoons賞を受賞されるなど、世界のCG研究を牽引されて来た代表的研究者です。
ホールは開講時間が迫るに連れて満杯になり、開講時には立ち見の方に加え、別室でビデオ試聴をやむなくされた学生の方もいたとのこと。国内外のCG関係の著名な研究者や関係者が集まる中、我々イーフロンティアスタッフも講義に参加させていただきました。
CGフロンティア
西田教授の偉大な業績
まず司会者から西田教授のご経歴が紹介されました。
配られたパンフレットには、おびただしい数の講演、論文内容の業績と、クリアファイルに1985年以降、17編のSIGGRAPH採択論文のCG作品が並んでいました。
西田教授は、CG研究の黎明期より、照明効果、形状処理&レンダリング、自然現象、インタラクティブ表示、非写実表現等の多岐に渡る研究を43年の長きに渡って続けられてきました。
世界的に見ると、CGはマサチューセッツ工科大学(以下MIT)のサザーランドが創始し、1963年のスケッチパッドと呼ばれるものが最初のものでした。
そのサザーランドが1966年に提案したCGにおける「10の未解決問題」を契機に、CG分野の研究が始まったと解説されました。
そのサザーランドの未解決問題の中の一つである隠線、隠面処理の研究論文を最初に発表されたのが西田教授です。現代の3DCGソフトの全てがその業績の恩恵に授かっていると言っても過言ではないでしょう。
ただ、サザーランドは1日中コンピュータを使える恵まれた環境にいましたが、それだけの偉業を達成しても、日本での西田教授の研究は多難を極めたと、研究機会を得るまでの苦労話を頂きました。
西田教授の学生時代、研究用の大学の大型計算機は貴重なものなので、CG計算をしていると「絵なんか描いて、遊んでいるんじゃない!」と非難されたそうです。
その後、様々な研究と、主にラジオシティ法の考案による功績により、西田教授はCGにおけるノーベル賞と呼ばれるCoons賞を受賞されます。
ユタ大学のエバンス教授がサザーランドを招聘し、ユタ大学において多くの基礎技法が研究開発されたように、西田教授もユタ大学に招かれ、その功績を大きく讃えられました。
Coons賞はユタ大出身者が多く、ユタ大のCG学会での偉大さを示しています。
CGが東部で始まり、ハリウッドで繁栄したのは、アメリカ開拓史と一致し、今回の演題の「CGフロンティアーCG開拓史と新展開」もそこから名付けられました。
CGの目標
「今までのCG研究は、リアリティ、高画質、計算の高速化を目標としていました。
1970年当初は、CG界はまだ砂漠の状態と言ってもよく、米国東部のMITで生まれたCGは、ユタ州の砂漠の中で研究開発され、ハリウッドで芸術として開花しました。」
「ダヴィンチの時代は科学と芸術は一つでした。その後両者は別れたのですが、CG技術において再び一つに融合したのです。」
ダヴィンチの絵画「最後の晩餐」で、水平線の視線上にあるキリストの眉間にピンを立て、それに糸を張って、建物の稜線を描いたことで遠近感を出したことは、一点透視法そのものであり、まさに科学であったことを例に採られました。
「透視図法により、三次元物体を二次元に描画し、遠近感を表現することはCGの基礎と同じですね。」
「SIGGRAPHからCoons賞を受賞した時には、ジョージ・ルーカスといっしょに基調講演を行いましたが、これも芸術と科学の融合と言えなくもない...」と、今では笑いながら話される西田教授ですが、国際的な舞台の第一線で活躍され続けた西田教授の大きさを感じました。
本物の研究遺伝子の継承
続く論題では、CGのフロンティアの開祖であるユタ大学から、どれだけ多くの現代の産業革命の種子とも言えるものが生まれたかを述べられました。
クロード・シャノンが博士号指導教授をしたサザーランドがMITからユタ大学に招聘されたこと。
GUIの父、アラン・ケイの博士号指導教授がサザーランドであること。
サザーランドの教え子のエド・キャットマルがPixarを設立し、スティーブ・ジョブズのAppleは、アラン・ケイのXerox時代の研究がヒントであること。
そして後にジョブズがPixarの社長となるまで、連綿と人脈が続いてこそ現在のハリウッドCGの繁栄があること。
それら全ては、ユタ大学無しではありえなかったことを力説されました。
さらにスティーブン・A・クーンズとニコラス・ネグロポンテを輩出し、ユタ大出身者の会社には、Adobe、SGI、NetscapeとIT/CGの歴史に燦然と輝く巨星があることを畳みかけるように紹介されました。
今や自動車産業を上回る経済規模に育った情報産業としてのコンピュータ業界が、ユタ大学で研究されたCG理論抜きでは、ただの計算機としてしての姿を変えることはなかったのです。
影に着目するといろんな光源を研究することになる:ラジオシティ
続いて講義は西田先生による先駆的技術研究、特に各種光源、ラジオシティなどの照明の研究内容に進みました。
「ソフトシャドウの表現の研究から、光源の種類を表現する計算方法の発展に繋がりました。
影に着目するといろんな光源を研究することになるんですね。 平行光源、配光特性をもつ点光源による照明、面光源、天空光、環境光源などを研究対象として論文を発表したわけですが、当時、CGは研究としてみなされていなかったため、計算機で絵を描いていると叱られないための方弁として照明工学の講義担当ということになっていました。」
「昔は陰影を計算するには大型計算機でも莫大な時間コストが必要だったのですが、現在はパソコンでのリアルタイムレンダリングにまで研究は進んでいます。」
照明工学からの要求の中で生み出されたラジオシティ法は、西田教授らによって1985年に開発された計算手法です。
ラジオシティ法は、初期に大変広まり最も成功した方法でもありました。
その後、大域照明は、フォトンマップやモンテカルロ・パストレーシングなどの時間的なコストがかかる手法が加わりましたが、後にリアルタイムなアルゴリズムとして改良され、最新の研究ではインタラクティブに物体材質を編集しても、きちんと反射特性を計算してレンダリングするまでに至りました。
これらの研究により、複雑な形状による表現だけではなく、光の表現によりリアリティは向上することに気付いたわけですが、次に曲面をどうレンダリングするかと言う問題に直面し、パラメトリックな表現と陰関数による表現が一般的な方法となりました。
「私はユタ大学滞在時、ベジエクリッピング(Bezier Clipping)法を開発しました。これによってレイと曲面の交点を容易に計算することが可能になり、レイトレーシングできるようになったのです。
続く陰関数で表現されたメタボールとレイの交点を計算する方法も開発し、これによってメタボールもレイトレーシングできるようになりました。」
西田教授は現代のCG技術、特に照明に関わる部分のほとんどに、最初に必要となる手法を生み出したのです。
自然現象
また西田教授は、CGの研究対象として自然現象にも携わられています。
「大気モデル、雲・煙、磁性流体、太陽のフレアの計算には、粒子による光の散乱・減衰特性.いわゆる関与媒質の影響を考慮したレンダリングが必要です。」
「SIGGRAPHに大気のレイリー散乱による地球のレンダリングを投稿したら、実写との比較を出せと言われました。毛利さんに頼んで本物の地球の実写画像を提供してもらい、CGと比較したんですけどね。 行ったことのない、見たこともない景色もシミュレーションによって見ることが出来る...これがCGの醍醐味ですね。」
「雲のシミュレーションとレンダリングは、多重散乱光の計算が必要なので大変なんですが、現在ではパソコンのGPUが高性能化してリアルタイムな光筋のレンダリングが可能になりました。
水の表面・水中の光学的効果の表現も高速にレンダリングできるようになりましたね。」
CG研究が計算機の役割を変えた
CGの今後・課題・夢
「私の学生時代は、大学の大型計算機でCG計算をしていると叱られる程、貴重で高価な学術研究用のものでしたが、その後、計算機はどんどん小さく安くなってきて現在の誰でも使えるパソコンがあるわけです。」
「また、自分で研究を続けたCG技術によって自らの命も救われました。(自らのCRT検査の画像を見せながら)CGで内臓の大病が判明し、早期に手術したおかげで、今この壇上にいるわけです。」
このようにコンピュータとCGの役割が、実際の生活に関わる技術として変遷を遂げた事を挙げられました。
今後、科学計算のためのコンピュータ→情報伝達の道具→感覚を持つ分身へと変遷を遂げるであろうことを予見した上で、CGの表現法についても絵画の世界のようにリアルさがあるレベルに到達すると変態が起きると説かれました。
「アンドロイド型のロボットを作る上で、人にそっくりに作ろうとする程、”不気味の谷”と言うものが存在すると言われていますが、CGの世界にもそれはあります。
フォトリアリスティックの先には、ノンフォトリアルなレンダリングの世界が待っていて、 更にその先のリアルに至るためには、CGも”不気味の谷”を超える必要があるのです。」
「複雑でリアルなCGが感動につながらないのであれば、手書きアニメがクールジャパンの代表と言われるように変態が起きます。河森正治監督が、アニメでは、視覚+聴覚+物語(線形和)が重要だと仰ってますが、CGもそれらをAI的に自動作成する機能が必要とされる時代が来るでしょう。」
「アラン・ケイは”コンピュータは、あらゆるアイデアを奏でる新たな楽器だ”と言っていますが、この辺の情動的なコンピュータの在り様にも関わるブロードバンド・クラウド化に伴うCG技術はまた今度にしましょう。」(先生はこの分野の研究施設に招聘されて研究を続けられる予定です。)
「サザーランドの10の未解決問題は何とかなりました。ニューウェル、ヘックバートらから、また新たな課題が提起されましたので、今後はその問題解決に向けて研究が進むことになるでしょう。」
「ゲームエンジンの普及で、最小コードで短時間で3Dアニメ制作が可能になったり、モバイルCGと言ったものが台頭して来ていますし、 映像、音声、カメラ入力、言語変換、人工知能APIの進化で、多様な映像表現(電脳CG)が可能になりつつあります。」
「それらを駆使した技術も国内で生まれつつありますので、日本のCG分野も世界に貢献していることを知って自信を持って欲しいですね。 」
とまとめられました。
CG研究苦境の時代から
「CG研究が計算機の役割を変えました。科学計算から、情報伝達の手段へ、そして創造力支援へと役割を変えたのです。」
「CGは生まれて半世紀しか経っていないのに、 CG検定やCGクリエータと言う職業が生まれるほど評価されていますが、産業界ではコンテンツ産業において、ソフトウェアエンジニアよりアーティスト・クリエータのほうが評価されやすい傾向があり、これによって日本のソフト技術の進展が妨げられている側面もあります。残念ながら近年の企業は研究に熱心ではなく、 アカデミックでは研究者不足も既に起こりつつあります。 このままでは日本のCGの基盤技術の崩壊も起こるのでないかと危惧しています。」
「今こそ、トップダウンよりボトムアップの研究体制が重要な時代です。外に出て研究同士の”つながり”に重点を置いて取り組んでもらいたいですね。サザーランドも”創造とは過去の研究の知見を組み合わせること”と言っています。」
最後に:真理の探求のみが研究ではない。
そして、西田教授の東京大学在任中の最後の講義の締めとして、次の言葉を残されました。
「真理の探求のみが研究ではなく、日常の生活を豊かにするためのツールの作成もまた立派な研究です。抵抗や批判のある中での研究こそ未来のある研究です。」
この言葉は、出席された各方面の方々、そして学生、研究生の皆さんの心に染み渡ったようでした。
編集後記:つながりを求めて...
西田教授とShadeの関わりをご紹介してみましょう。
四半世紀以上前になりますが、3DCG黎明の頃、Pioneer社のLD10枚セットで「3DCGクロニクル」と言う、SIGGRAPH等で発表されたCG作品のオムニバス形式の作品紹介製品がありました。
かなり高価でしたが、当時Shadeの開発部内で参考資料として閲覧する事ができ、西田教授のCG作品が多数収録されていることを見て、「日本のCG技術は世界の先端を行っているんだ。」と誇らしく思い、感動したのを覚えています。
Shadeのチーフエンジニアである時枝も、九州芸術工科大学(現九州大学)在学時から、多大な影響を受けており、Shadeも西田教授の研究の恩恵を受けている部分が多々あります。
西田教授も時枝とは面識があり、「Shadeには国産として頑張って欲しい」とエールを贈っていただきました。
<文責 園田浩二>
実は私も、以前より西田教授にSIGGRAPH会場や東大の研究室で御同伴させていただきました。研究生の方々の成果を教授自らご紹介いただいたこともあります。折に触れ、Shadeの今後のアドバイスも頂きました。今回の講義の演題である「CGフロンティア」に肖って、イーフロンティアも開拓者であり続けたいと思います。